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論考
創学研究所研究員や、外部の講師・識者による論考を紹介します。


【論考】トインビーの「創価学会」観(アンディ・ナガシマ研究員)
・論考「池田大作先生とアメリカ――日蓮仏法の受容と継承――」(『創学研究Ⅲ』所収)より抜粋) 池田大作先生が、海外初の大学講演をされたのが一九七四年四月一日、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)である。実はそのちょうど十一年前の一九六三年四月一日、歴史学者アーノルド・J・トインビーが同大学で講演をしていた。 五十分に及んだ講演で、トインビーは五千年の人類史を概観し、核時代の脅威下、人類を一つの家族とするような思考の変革が必要であると主張した。そして世界宗教の例を挙げ、人類同胞の生存の為の平和を模索しつつ、インドの暴君アショカ大王が仏教に改宗後、軍事によるミッション(任務)から哲学的(平和)なミッション(伝道、布教)へ転換した例に言及するなど、仏教への期待が伺える。 トインビーは、既に一九三九年には大著『歴史の研究』(第五巻)で、「日蓮」と「南無妙法蓮華経」、そして「立正安国論」にも言及 している。その博覧強記ぶりには驚嘆するばかりである。 そのトインビーは早くから創価学会に関心を抱いていた。梅原猛(哲学者)が語っている。〈私が今は


【論考】創価信仰学を考える(山岡政紀研究員)
はじめに 2019年4月1日に松岡幹夫氏が「創価信仰学」を探究することを目的として創学研究所を発足しました。本稿では創学研究所の意義を確認し、その活動を活性化していくために、「創価信仰学」とは何かについて私の理解するところを述べさせていただきます。 宗教学・仏教学との対比 「創学研究所」について松岡氏は、「信仰と理性の統合」を目的に掲げ、創価学会の「信仰学」を探究する研究機関であると創学研究所のホームページで述べています。「信仰学」とはキリスト教で言えば「神学」(theology)に当たるものですから、「創価信仰学」とは、誤解を恐れずにわかりやすく言えば「創価学会版の神学」と言えるでしょう。 神学の歴史は古く、紀元前(イエス・キリスト生誕以前)の古代ギリシャの哲学者たちに最初期の神学を見出すことができます。以来、長い歴史のなかでキリスト教の信仰のなかにある世界観や生命観の論理を哲学として言語化する役割を果たしてきました。特に欧州において神学は西洋文明に精神的基盤を与えるほどの影響力をもちました。その表れとして、ボローニャ大学など


【論考】言語学から人間学へ(山岡政紀研究員)
近代科学の要素還元主義は学問の専門分化をもたらした。人間を探究する人文科学もまた、哲学、言語学、人類学、宗教学等の専門分野に分化している。各分野は人間に表れる論理、言語、文化、宗教といった個別の現象を考察対象としている。 だが、それらの諸現象の奥にある人間という一つの総合体の本質を探究しようとするならば、どの現象から入っても共通の真理に接近していくはずである。本質に迫れば迫るほど専門分化の壁を越えざるを得ず、自ずと学際的になっていく。 私の専門は言語学である。院生時代には文の構造というミクロ視点に集中して研究していたが、コミュニケーションという人間の営みの総体から見れば文は素材に過ぎない。そのコミュニケーションの総体を探究しようとしたとき、発話を行為と見るサールの理論に啓発され、哲学の視点を知った。さらに、コミュニケーション上の対人配慮のあり方を考察したブラウン&レヴィンソンのポライトネス理論を学んでみると、人が他者との接触に際して心に抱く欲求をフェイスと名づける社会学・心理学の視点を同時に学ぶこととなった。人間を探究すればするほど、専門領域を


【論考】創価信仰学の継承と発展(三浦健一研究員)
創価学会三代会長が唱えた信仰に基づく学問論 本論考では創学研究所が探究する創価学会の信仰学に関して、研究員の立場から所見を述べさせていただきます。創学研究所は、創価学会三代会長の確立した信仰に基づく学問論を探究する研究機関です。創価学会の初代会長である牧口常三郎先生は『価値論』を著し、日蓮仏法と西洋哲学、さらに人々の生活を結びつけながら、大善の価値に生きる「大善生活」の重要性を世に問いました。また第二代会長の戸田城聖先生は「仏とは生命なり」と宣言され、日蓮仏法を科学の宇宙論をも包摂する『生命論』として展開したのです。そして、第三代会長の池田大作先生は「一念三千」「色心不二」などの仏法哲理を『人間主義』として表現され、各界の識者との対話などを通じて実践しています。このように、創価学会三代会長はあらゆる学問を生かしながら、創価学会の信仰学を確立しました。そして、創価学会は三代会長が確立した信仰学の土壌に、「平和」「文化」「教育」を核とする多角的な活動を展開して来たのです。 信仰と理性の関係 信仰の土台は「信」です。信仰はまず「信じる」


【論考】創価学会に脈動する信仰の学と未来(蔦木栄一研究員)
はじめに 2019年4月に開所した創学研究所は、創価学会の池田大作先生が膨大な著作や言動を通して顕現し築いてきた理性を伴った信仰の学、すわなち、創価の信仰学の研究と発信を行うための機関であると私は考えます。 信仰とは何か――その命題に対して、池田先生は信仰の必要性を論じつつも、そこに理性が伴っていなければならないことを明示されています。池田先生は、パスカルが著した『瞑想録』の一節である「人々は宗教を軽蔑している。宗教を嫌い、宗教が真実であるのをおそれている。これを正すには、まず宗教が理性に反するものではないことを、示してやらねばならない」(田辺保訳、教文館『パスカル著作集Ⅵ』)を通して、信仰について、次のように論じています。 「信仰は、生命全体の姿勢の問題である。そこには、心の深奥にある感情や直観的英知の原理も、すべてが包含される。理論だけでは信仰にならないし、感情だけでも信仰にならない。もちろん、行動だけの形式主義でも、本当の信仰とはいえない。全的生命をかけたものが信仰である以上、理性は、当然その一部分を構成するものでなければならない


開所式に対する佐藤優氏による祝辞
創学研究所の開所式、誠におめでとうございます。松岡幹夫所長とは、第三文明社の企画『創価学会を語る』をはじめ、仏教とキリスト教の視座から、これまで数多くの対話を重ねて参りました。 松岡所長は、常に池田大作先生から出発されています。学問の立場から信仰を相対化することなく、弟子と...
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